From 酒井順子

保苅さんにお会いしたのは、2002年か3年のことでした。最初は、慶応大学の松村高夫先生のゼミで保苅実さんの発表を聞き、そして、その後だったと思いますが、私の指導教授だったポール・トンプソンが慶応大学の招聘で日本に来たとき、慶応大学でのセミナー、東京外国語大学のシンポジウムでお会いしました。確か、この3回だけだったとおもいます。

慶応でのセミナーにおいて、白蛇の話や洪水の話を聞いたときには、私自身がイギリスでのライフストーリー・インタビューによるオーラル・ヒストリーの枠しか知らなかったので、よく理解できなかったかもしれません。しかし、実さんの情熱的な語り口、そしてオープンな話しかた、そしてなぜか髪の一筋が赤くなっていて、とてもおしゃれな感じがしたのが印象的でした。とにかく、強烈な印象でした。

最初にあったとき、「僕の研究もオーラル・ヒストリーですよね?」とおっしゃったので、「オーラル・ヒストリーを狭く定義する必要はないと思います」といったような、私の指導教授がいつも言っていたことを繰り返したことを覚えています。

その後、自分自身も頼まれて、口述文化について書くことになったとき、イギリスのオーラル・ヒストリーの先駆者、「ジョージ・ユアート・エヴァンス」の作品を読む機会がありました。彼の著作の中に、「成長する石」の話が出てきます。その石は19世紀に掘り出された石で、発見された当初はこぶし大だったのですが、毎年、成長し、今では2メートルぐらいの石になっています。村人は、その両端が少し浮いている石について、「去年は猫が石の下を通ったけれど、今年は犬が通ったと話していた」そうです。

もし、保苅さんの本を読んでいなかったら、私はこの石にさほど興味を惹かれなかったと思います。その石の話の意味を探りたいとおもって、私はサフォークのその村まで訪ねていってみました。結論としては、20世紀に入っても相対的に遅れた地域の村人が、石だらけの農地を耕していた苦労を象徴する話だったのだろうとおもい、自分の解釈を論文の中に書いてみました。

もちろん、保苅さんのように深い考察にはなっていませんが、それでも、保苅さんの研究が私たちに与えたインパクトはとても大きかったと思います。もし、ご病気になられなかったら、もっともっと私たちにインパクトを与えてくれたことと思います。

道半ばにして倒れられた保苅さんの無念はとても強く伝わってきますが、私たちにもとても無念な気持ちを持たせた人だと思います。

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