Tribute by 加藤哲郎

加藤哲郎(一橋大学社会学部ゼミ)2004年5月15日

生きとし生けるものの「いのち」の重みに想いをめぐらし、「もうひとつの平和」の方へ

2004年5月10日、一人の日本生まれの若者が、地球の裏側のオーストラリア・メルボルンで、天界に召されました。日本学術振興会特別研究員保苅実君、享年33歳でした。

保苅実君は、新潟県出身、一橋大学経済学部に入学して、私の担当する政治学ゼミナールでも、熱心に勉強しました。そのまま一橋大学大学院に進学し、オーストラリア国立大学で先住民アボリジニの研究で博士号を取得、慶応大学所属の日本学術振興会特別研究員として、本格的な研究者になる矢先でした。

私にとっては本カレッジ客員名誉教授故ロブ・スティーヴンに続く、オーストラリアでの喪失です。昨年8月、オーストラリアでアボリジニの古老から話をきき、メルボルンに戻る途中、突如背中に激痛が走り、倒れて入院、そこから9か月の、いのちの闘いがありました。教育にたずさわるものとして、一番悲しく辛いのは、自分より年下の、未来ある教え子に、先立たれることです。

保苅実君も懸命に、病いと闘いました。その生きる勇気は、感動的なものでした。肉体の衰えを、気力でカバーしました。9か月のあいだに幾度か、私たちに長文の和文・英文の闘病メールをくれました。亡くなる3日前まで、日本語での処女作、『ラディカル・オーラル・ヒストリー:オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』(御茶の水書房、7月刊行予定、2200円)の校正を続けていました。

ガッサン・ハージ著『ホワイト・ネイション:ーネオ・ナショナリズム批判』(平凡社)、デボラ・バード・ローズ著『生命の大地:アボリジニ文化とエコロジー』(平凡社)など話題の翻訳を手がけ、オーラル・ヒストリーの世界で、若手のリーダーに育ちつつありましたが、単著は初めてでした。「ローカルかつグローバルな歴史に向けて」大きくはばたく直前のことでした。

連休明けに、メルボルンの病院から、最期のメッセージが届きました。それが、そのまま、遺言になりました。遺されたものに勇気を与え、生きる喜びを分かち、生きとし生けるものの「つながり」の鎖を、過去から未来へと、イラクやオーストラリアの砂漠まで、つなぎあわせる希望の声でした。合掌!

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