From 母・保苅桂子(2)

ミノルの幼い頃、私たち家族は彼のことを「ムーミン」と呼んでいました。いつも物静かで穏やかな彼の雰囲気は、まさにムーミンそのものでした。その頃、父親の勤務先の社内誌に、3才になった我が子を紹介するという企画がありました。私は写真に添えて、当時流行のコマーシャルを使い「腕白でもいい、逞しく育ってほしいという親の願いに反して、僕はとてもとても大人しい男の子なのです」と書きました。

幼稚園に通い外で遊ぶようになってから、土が好き、草むらが好き、高いところが好き、木登りが好き・・・な、とっても活発な男の子に変身しました。コタツの上から、テーブルから、父親は彼を整理箪笥の上にまで乗せ、飛び降りるのを楽しそうに見ていました。外で遊ぶ彼を迎えに行くと、ブロックの塀の上を歩いていました。手を伸ばす彼に「自分で登ったんだから一人で降りてごらん」と言ったら、塀の上から一回転して落ちましたが、怪我もせずクルッと起き上がりました。私も随分勇気のある母親でした。

外では木登りが高じて、街灯のポールにまでスルスルと登れるようになりました。見ていた人達が歓声上げてスゴイ、スゴイと笑ってくれるので、彼はとても得意でした。幼稚園のブランコを高くこぎ過ぎて、座ったままブランコのてっぺんに逆さまにぶら下がったこともありました。幼稚園始まって以来の出来事だったようで、その後は、こぐ回数が制限されました。幼稚園の先生は「保苅君はとてもしっかりしていて頼りになるので、迷うことがあると何でも彼に相談するんですよ」と言っておられました。

小学生になると日記など文章を書くようになりました。小学3年の夏休みに日記を書くとき、「朝起きて顔を洗ってご飯を食べて友達と遊びましたなんて、やったことをズラズラ書いても面白くなくて誰も読む気がしないよ」「したこと日記ではなく、『考えたこと感じたこと日記』を書きなさい」と言ったことがあります。

その頃の日記には「今日、僕は金魚を見ていました。金魚鉢の金魚は僕が見ていることを知らず悠々と泳いでいました。こうして金魚を見ている僕のことも、上から見ている何かがいるのかなあ」「僕は庭ではいつも裸足で遊びます。土はとっても温かいけど、裸足になったことの無い人には、この温かさ分からないだろうなあ」とありました。まさに考えたこと、感じたこと日記でした。

彼の日記の一つ一つに「早寝早起き」「本を好きになるには」「テレビの獅子の時代が終わった」「夕日」「うちの金魚」「あーあ落ちちゃった」「やっと勝った!」「冬はやっぱりプラモデル」「自分で考えゲーム」「うたたね」「リトルリーグのためなら」・・・等々「題」が付いています。

三年生の冬休みの日記 (12月30日)
「日記」
「冬休みの勉強で一番楽しいのが、この日記です。日記を書き終わると、いつもお母さんに見せるのですが「だんだん上手になってきたね」と言われます。そうなると、なおさら日記が好きになってきます。これからは、春休みにも日記を書くつもりです。学校がある日は、日曜日だけ書くことにしました。なぜか不思議に日記を書いていると、次にどういうことを書くかがすぐに頭にピンときて、パッパと日記を書いてしまいます。これからも日記は続けていきたいと思います。」

とありますように彼は日記を書き続け、4年生の夏休みには先生が次のように誉めて下さった日記へと続きます。いつか機会がありましたらご紹介したく思います。

担任の先生より
大変楽しく読みました。おもしろかった理由はこんなところにあるのかな。

・ 毎日、日記の題をかんがえていること。
・ きどらないで、自分の気持ちや、考え、思ったことを素直にかいていること。
・ 自分以外の人を登場させて、会話や様子をかいていること。それについての保苅君の考えがかいてあること。
・ 文のつくりが読みやすく、すじが分かること。

そのほか沢山ありますが、保苅君らしさがよく出ています。そこが一番気に入りま
した。また、ノートに続けて書いてください。楽しみにしていますよ。

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