From 清野桂子

まず最初に覚えているのは、晴れて新潟高校に入学した初日のことでした。担任の宮田先生が、「この中で在校生か卒業生に兄弟姉妹がいる者!」と手を上げさせました。私も2才上の姉が在学しておりましたので挙手しましたが、保苅くんも手を上げました。宮田先生が「あの保苅の弟か。ふんふん」と意味深なうなずきと笑みを浮かべたのをよく覚えています。保苅くんは「その笑顔はどういう意味ですか!」というようなことを笑いながら言ったと思います。最初から先生と物怖じせずに話せるというだけで、私には驚きでした。他にも何人か挙手した生徒はいたのですが、宮田先生が強く反応したのは保苅くんだけだったように思います。

彼は最初からとても目立っていて、新潟高校にはすごい人がいる!と15歳ながらに感じ、その後もずっと、あこがれと尊敬と不思議さが入り混じったような感情で保苅くんを見ていました。

まだ1学期だったと思いますが、休み時間に何かちょっとしたことで保苅くんと話す機会がありました。話の内容は残念ながら忘れてしまいましたが、私が何か一言言ったのを1とすれば、保苅くんの返答は10くらいあり、論理的でありながら私の全く予想のつかない見地からの意見を軽く返されて、心の中で「この人と言い合っても絶対に勝てない」と強く思ったのを覚えています。

保苅くんを再び目にしたのは、大学時代の就職活動の頃です。「リクルート」という就職活動をする大学生向けの雑誌に、保苅くんが載っていました。こんな学生もいる、といった「フロントランナー」的な扱いで、あいかわらず保苅くんはとんがってるなぁ、と感じると同時に、やっぱり新潟ですごいだけではなく、東京でもすごい奴だったんだ、将来絶対に大物になるに違いないという思いも新たにしました。

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