Archive for the ‘Tribute’ Category

From 佐藤睦朗(語る会)

Friday, May 28th, 2010

保苅君が亡くなったという連絡が入った数日間は呆然として仕事に全く集中できない状態でした。貴方と同じようにお酒がほとんど飲めない私が、アルコールを飲まないと眠ることができない日々が続きました。ですが「一分、一秒でも大切に」という貴方の最後のメッセージを読んで、貴方の分まで頑張らなくては、と思い直しました。今回の語る会では、微力ながら会場の整備に全力を尽くします。

保苅君が一時帰国した際に、国立で昼間から大騒ぎをしたことを今でもよく覚えています。残念ながら私が直接保苅君とお話ができたのは、それが最後となってしまいました。まだまだ多くのことを語り合いたかったのですが。オーストラリアのこと、スウェーデンのこと、研究のこと歴史学のこと等々。残念ですが、それはかなわぬ夢となってしまいました。

でも、貴方の本が出版されることから、そこから貴方と対話をすることができるような気がします。本当にすばらしい業績をあげましたね。何度も拝読して勉強します。

本当におつかれさまでした。今は安らかにお休みになってください。わたしたちは決して貴方のことを忘れません。病気と闘いながらも、常に前に向かって走り続けた貴方は本当に立派です。学部・院生時代となぜか私は保苅君より一学年年上ということで先輩なるものでしたが、人生においては間違いなく貴方のほうが先輩です。

(一橋大学、大学院時代藤田ゼミ)

Tribute by 加藤哲郎

Thursday, May 13th, 2010

加藤哲郎(一橋大学社会学部ゼミ)2004年5月15日

生きとし生けるものの「いのち」の重みに想いをめぐらし、「もうひとつの平和」の方へ

2004年5月10日、一人の日本生まれの若者が、地球の裏側のオーストラリア・メルボルンで、天界に召されました。日本学術振興会特別研究員保苅実君、享年33歳でした。

保苅実君は、新潟県出身、一橋大学経済学部に入学して、私の担当する政治学ゼミナールでも、熱心に勉強しました。そのまま一橋大学大学院に進学し、オーストラリア国立大学で先住民アボリジニの研究で博士号を取得、慶応大学所属の日本学術振興会特別研究員として、本格的な研究者になる矢先でした。

私にとっては本カレッジ客員名誉教授故ロブ・スティーヴンに続く、オーストラリアでの喪失です。昨年8月、オーストラリアでアボリジニの古老から話をきき、メルボルンに戻る途中、突如背中に激痛が走り、倒れて入院、そこから9か月の、いのちの闘いがありました。教育にたずさわるものとして、一番悲しく辛いのは、自分より年下の、未来ある教え子に、先立たれることです。

保苅実君も懸命に、病いと闘いました。その生きる勇気は、感動的なものでした。肉体の衰えを、気力でカバーしました。9か月のあいだに幾度か、私たちに長文の和文・英文の闘病メールをくれました。亡くなる3日前まで、日本語での処女作、『ラディカル・オーラル・ヒストリー:オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』(御茶の水書房、7月刊行予定、2200円)の校正を続けていました。

ガッサン・ハージ著『ホワイト・ネイション:ーネオ・ナショナリズム批判』(平凡社)、デボラ・バード・ローズ著『生命の大地:アボリジニ文化とエコロジー』(平凡社)など話題の翻訳を手がけ、オーラル・ヒストリーの世界で、若手のリーダーに育ちつつありましたが、単著は初めてでした。「ローカルかつグローバルな歴史に向けて」大きくはばたく直前のことでした。

連休明けに、メルボルンの病院から、最期のメッセージが届きました。それが、そのまま、遺言になりました。遺されたものに勇気を与え、生きる喜びを分かち、生きとし生けるものの「つながり」の鎖を、過去から未来へと、イラクやオーストラリアの砂漠まで、つなぎあわせる希望の声でした。合掌!

Tribute : メモリアル・サービス

Thursday, May 13th, 2010

2004年5月12日 オーストラリアでのメモリアル・サービスにて。

http://www.hokariminoru.org/j/tribute-j/tribute-j.html

テッサ・モーリス=鈴木 (内田恭子訳)

スティーブ・ウエッブ (内田恭子訳)

デボラ・ローズ、ダレル・ルイス、シャンタル・ジャクソン (塩原良和訳)

グレッグ・デニング (内田恭子訳)

母・保苅桂子
父・保苅信男